触れないのに快感?セックスレス時代に囁かれる「タントリックヒーリング」を体験して

触れないのに快感?セックスレス時代に囁かれる「タントリックヒーリング」を体験して

最近、妙に耳に残る言葉があった。

「タントリックヒーリングって知ってる?」

最初に聞いたときは、どこかスピリチュアル寄りの健康法かと思った。けれど話を聞き進めるうちに、どうやらそれは“性的な接触なしで恍惚感を得られる施術”らしい、とわかってきた。

触れないのに、満たされる。

にわかには信じがたい。けれど同時に、少しだけ胸の奥がざわついた。

日本は超高齢社会へ向かい、セックスレスに悩む夫婦も珍しくない。体力や環境の変化とともに、性の形は変わっていく。もしも肉体的な行為に頼らずに、心身の充足感を得られる方法があるのなら——それは一つの可能性ではないだろうか。

そう思い、私は実際に講習会へ足を運ぶことにした。

静かな会場、穏やかな空気

都内のレンタルスペースに集まった参加者は約20名。年齢は20代から60代まで幅広く、男女比はほぼ半々だった。

ヨガインストラクターやセラピスト、瞑想を日常に取り入れている人。あるいは、ITや金融といった一見ヒーリングとは縁遠そうな職種の男性もいる。派手な雰囲気の人はおらず、どちらかといえば皆、静かに自分の内側を見つめているような印象を受けた。

主催者の男性も、柔らかな口調で淡々と話す。怪しさよりも、穏やかさが先に立つ。

講習はまず、タントラ思想の説明から始まった。

私たちは日々、感情を抑え、理性で振る舞う。そうしているうちに、身体の奥にあるエネルギーの通り道が滞っていく。呼吸や触れることを通してその緊張を緩めると、愛情ホルモンと呼ばれるオキシトシンが分泌され、深いリラックス状態に入る。

その過程で、強い多幸感を覚える人もいるという。

ただし、それは目的ではない。

「快感を得るための技術ではありません。自分を解放していく過程で起きることがある、というだけです」

講師はそう繰り返した。

目の前で起きた、説明しづらい現象

座学の後、デモンストレーションが始まった。

モニターとして名乗り出た女性がベッドに横たわり、主催者がそっと腹部に手を当てる。呼吸を合わせ、ゆっくりと深く、そして速い腹式呼吸へと移行する。

ただそれだけだ。

だが数分後、女性の身体は小さく震え始めた。呼吸は荒くなり、背中が波打つように反る。

会場は静まり返り、誰もがその変化を見守っていた。

性的な接触はない。露骨な動きもない。けれど、確かに何かが起きている。

私は困惑しながらも、目を逸らすことができなかった。

これは暗示なのか。呼吸による生理的反応なのか。それとも、本当に“エネルギー”なのか。

答えは、わからない。

私の番。そして——何も起きない

いよいよ私のセッションの順番が来た。

女性セラピストを希望し、ベッドに横たわる。呼吸を合わせ、腹部や背中に手が置かれる。部屋は静かで、他の参加者の呼吸だけが微かに響いている。

私は、内側に起きる変化を待った。

けれど——

何も起きなかった。

温かさも、波も、ふわりとした感覚もない。ただ、人の手が触れているという物理的な感覚だけがある。

「もう少し力を抜いてみましょう」

そう言われても、私の内側は驚くほど静かだった。

期待していなかったわけではない。むしろ、何かが起きるのではないかと構えていた。けれどその構えこそが、ブレーキだったのかもしれない。

感じる人、感じない人

セッション後、何人かに話を聞いた。

ある女性は、夫との関係修復を目的に参加していた。タントリックヒーリングを通して、自分の感覚を素直に受け止められるようになり、夫との対話も増えたという。

「性を楽しんでいいんだ、って思えたんです」

その言葉は、とても静かで、けれど確信に満ちていた。

一方、隣のベッドで声を出していた男性は、「声を出すことで自分の感覚を広げている」と語った。快感というより、意識を解放するためのプロセスだという。

なるほど、と腑に落ちる。

これは“してもらう”ものではなく、“自分で開く”ものなのだ。

私にとっての答え

正直に言えば、私には合わなかった。

私は、好きな相手でなければ身体も心も開かない。信頼や感情の積み重ねがあってこそ、深い安心が生まれる。タントリックヒーリングの場は安全だったけれど、私の中のスイッチは入らなかった。

だからといって、否定する気持ちはない。

参加者の多くが、真面目に、自分の性と向き合っていた。その姿勢は誠実だった。

セックスレスの問題は、単なる行為の有無ではなく、「自分がどう扱われているか」という心の問題でもある。タントリックヒーリングは、その心を整える一つの選択肢になり得るのかもしれない。

万能薬ではない。
けれど、自分の身体と対話するきっかけにはなる。

触れなくても、考えるきっかけにはなる

今回の体験で私が得たのは、恍惚感ではなく、問いだった。

私は何に安心し、何に反応し、何を求めているのか。

性は、誰かの正解をなぞるものではない。自分の感覚を、自分で確かめるものだ。

触れないのに満たされる人もいる。
触れなければ始まらない人もいる。

どちらも間違いではない。

タントリックヒーリングは、その違いを浮き彫りにしてくれる体験だった。

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